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希望と覚悟の狭間~暗黙の余命宣告と思うこと~+今のこと

先日書いた

生検の上でガンの病名付いたけど、セカンド・オピニオンで覆ることを祈りつつ・・・

の記事の通り、

明日には、2つ目の病院での義父の診断結果がはっきりします。

正直、大きく覆る事が無いだろうと思うと、辛いです。



・・・そして

実は自分は、以前の家内をガンで亡くしています。


約8ヶ月の闘いの日々

以前より生理痛が酷い方で、

別の病院に時折通院していましたが、

子宮内膜症らしいとの診断はされていました。


その最後の通院から数ヶ月位でしょうか。

背中の片側が異常に痛いという症状。

歩くのも支障をきたす位です。

近くに大きな病院があるのでそちらに受診。

検査の結果、その当日から即入院となりました。


画像に巨大な白い影の塊。

恐らく卵巣ガンとの初期診断。

それが尿管などを圧迫して痛みが出たのだという事。


# 正直、前の病院の診断ミスというのが即浮かびました。

# いくらなんでもコブシ大のガンが数ヶ月で成長するとは

# 思えない。兆候を逃したのでは?・・・と。


そして、術中の生検(細胞診断)でしか、

腫瘍が悪性か良性か判断出来ないという。

ただ、この大きさは悪性の可能性が高い、と。


手術前後は、両家の家族が集合。

結果が良性である事を祈ります。


生検の結果、悪性腫瘍と判定され、

皆、打ちのめされました。


しかしながら、悪性でも、

必ずしも最悪な状態とは限らないはず。

その為に全摘出を選択したのですから。


ネットで色々調べて改めてショックを受けました。

悪性腫瘍の中でもかなりたちが悪い細胞種。

5年生存率がほとんど無いガンの細胞種です。


そして、

術後ベッドに横たわっている家内の側にある

ドレーンで抜かれた腹水は、大量で濁っていました。


知識を得ていた自分は、腹腔内への転移は覚悟。

とは言え、日々進化する治療技術、希望は失いません。


腫瘍取り出し後は、抗ガン剤投与での治療です。




暗黙の宣告

その後、

病院に自分だけが居るタイミングを待っていたのか、

予定外に主治医の先生に呼ばれ、2人で話しました。


強烈に覚えているのが、

まだ若いんだから、次の人生も考えていかなきゃね

手術も無事終わり、

これから化学治療を始めようというのに強烈なジャブ。

正直、何なんだ?と怒りが込み上げましたね。


今にして思うと、

恐らく、主治医の先生は、余命を既に見立てていて、

そして、自分の反応を見ながら、宣告内容を調整していたように思う。

そうですね、もう助かる見込みは薄いんですよね?

余命はどれ位でしょうか?

自分が、そう聞いていたなら、


主治医は、

余命は半年ほどだと思います。

だからこそ、悲しみだけを引き摺らずに、前向きに生きて下さい。

とでも答えていたのかも知れない。


でも、自分は色々と食い下がってしまった。

5年生存率がとても低い悪性のガンだというのは、

色々調べて分かって覚悟はしました。

でも、絶対じゃないんですよね?

今後の治療で完治しないまでもかなり良くなる可能性もありますよね?


厳しいという事実・事例を知ってなお、

希望を持とうとする自分に、

主治医の先生は、

余命宣告しても今は受け入れて貰えない時期だろう

と判断したのでしょう。

最後は、

治療頑張りましょう。




治療の経過が良好でもジャブ

抗ガン治療を数クール繰り返し、間を開けてまた繰り返す。


どんどん腫瘍マーカー値は下がって行くにつれ、

それに反比例して希望は大きくなった。


そんな好転期間中でも、

主治医からは、暗に否定的なジャブは続きます。


これも今にして思うと、

後で酷い落差でダメージを受けないように、

希望が大きくなり過ぎないよう、ジャブを打っていたのかと思う。


治療が一段落し、一時仮退院して、再入院で化学治療継続。


その時に腫瘍マーカーが突然悪化するも、

治療を継続すると、腫瘍マーカーは下がり始めます。

しかしながら、下がりが悪い。


そして、ちょうど新しい抗ガン剤を使い始めた噂を聞いて、

そちらに切り替えてくれとお願いするも、それは出来ないという。

かなりしつこく懇願しましたね。

主治医の先生が頷かないので、若い先生の方にもアプローチ。

熱意にほだされたのか、

ようやく、主治医の先生に頼んでくれるという話になったんですが、

最終的には主治医に断られました。

効果があるとは思えない、の一点張り。

こちらとしては、少しでも可能性が高いならば・・・という気持なのです。



余命宣告

そうしている内に、主治医からいきなりの

もう覚悟して下さい

との宣告。


あと数週間しか生きられない・・・

そんなタイミングで、明確な余命宣告を受けてしまいました。


もう末期だから抗ガン剤を切り替えても意味が無い・・・

ということだったんでしょうね。

大学病院系列では、臨床データ取りの為に、

一度決めた治療グループは変更したがらない傾向が高い、

そんな情報を見付けたので、

それが理由で新しい治療に切り替えて貰えないんだと思ってました。

だからこそ、しつこく頼めば例外的に対応してくれる可能性があるかもと

頑張った訳ですが、時すでに遅しだったという事です。


ただ、本人の様子を見てると、

あと数週間なんて本当に信じられませんでした。




大部屋から個室へ

抗ガン剤特有の副作用以外でも苦しみ始めます。

腹水が溜まりやすくなり、腸の働きが悪くなり・・・


食べてはしょっちゅう吐き始めます。

それが大変という理由でトイレのある個室に移動。


大部屋から個室に移ったらもう戻れない。

大部屋から個室に移った患者仲間は近い内に亡くなってる。

それを間近で見てる訳です。


自分が移るとなれば・・・

ただ、今回はトイレが近い方が吐くのに楽でしょう?というのが理由。

幸いにも、個室入り自体は、

本人の気力喪失には繋がらなかったと思っています。



食べて無くても吐く事を繰り返し始めます。

腸の動きが悪いどころか詰まっているんじゃないかと思う位です。

素人ながらに色々調べて、イレウス起しているんじゃないかと

先生に訴えましたが、それは無いと断言されましたが、

色々おかしいんですよね。

これについては、今でも医療ミスを疑っています。



その内、注射針を刺し込んでおき、

苦しくなったらボタンで自分で注入出来る装置を

身に付けるようになります。


モルヒネです。

痛み止めがあまり効かなくなってきました。


モルヒネもこんな器械を使ったりで痛みのコントロールに割りと

気軽に使うようになったんですよ、という説明で、

これも本人の気力喪失には直接繋がらなかったと思っています。



でも、

あまりの不調に薄っすらとは覚悟していたのかも知れません。

強い人だったんですが、時折弱音を吐くようになりました。




面会時間

病院の面会時間は夕方までだったんですが、

仕事で遅くなる自分の為に、

夜中近い時間での面会を許してくれた病院関係者と

大部屋の方々・・・これには本当に感謝しています。

おかげで忙しい中でも毎日面会に行く事が出来ました。

それが無かったら・・・相当後悔していたことと思います。




余命宣告はどうあるべきだったのか?

今でもその答えは正直分かりません。


しかしながら、

はっきり言って貰えてれば、

希望は捨てないにしろ、

日々の過ごし方の覚悟と対応が違っていたのは確かです。


入院の日々、一時退院の日々・・・


まだ人生の先がある、その希望と甘えがあったからこそ、

わずかな残り時間を、濃厚に過ごし切れなかったのは確か。


もっと仕事をセーブして会う時間を長く、とか、

可能な限り行きたい所に連れて行ってあげたとか、

場合によっては入院治療を行わずに動ける内に

やりたい事をさせてあげたとか、

色々出来たはずなのです。




安楽死の疑念

これは書くべきか迷ったんですが・・・


実は、かなりの確信を持って、

家内の最後は、安楽死だったと思っています。


家内の言葉、

それに対する麻酔医師の返答。

その後のあの麻酔医師の行動、

その行動に違和感を感じた自分が、

じっとその麻酔医師を見ていた時に、

それにふと気付いた時の麻酔医師の

あの目が今でも忘れられません。

自分が全てを見抜いた感覚がありました。


これ以外にも、

皆が最低限幸せになれるような、

条件が揃い過ぎてるタイミングだったんです。


これ以上書くかは・・・

ちょっと考えます。




今回の記事の主目的

今回の記事の主目的は、

義父の事への覚悟を決める事、

対応を間違えないように経験を糧にする事、

辛かった気持ちをトレースして気を強く持つ事、

です。


・・・が、

ちょっとは覚悟出来たけど、

全然ダメですね・・・




(ガンよ去れ ・・・ ダジャレ・・・ちょっとはふざけないと心のバランスが・・・ね?)

goose step

(Photo by by jenny downing)



・・・と、

この記事はアップするの迷ってたんですが・・・


ちょっとほっとしたのでアップしちゃいます。


今日がXデーの予定

これから行くという電話連絡での義母の声、

実家を訪れた時の義父と義母の空気に

違和感を感じました。

全く悲壮感が全く無い・・・おかしい。


どうやら、

家族会議で色々な選択が必要だろうという予測に反し、

今日は、検査で半日を費やして終了したのだそう。


更に、後日、MRIの再検査、PETの追加検査。

それらにより各部集合での検討会を行ってから・・・

診断や治療方針などの説明があるというのです。

最終の確定診断は、月末。


前の病院での結果だけを見ての初期診断とは言え、

転移が無ければ、放射線治療でいけるのでは?

という言葉が出た事にほっとしています。


悪性腫瘍の細胞診断が出ている上で、

医療裁判が多くなっている昨今、

追加検査結果がまだのこの状況で、

不用意な期待をさせる事を言うとは思えません。


恐れていた最悪の状態よりは良い状態なのかも知れません。


ただし、転移がなければ・・・の言葉は怖いですが・・・


油断し過ぎはいけないですが、


相当に覚悟していただけに、体の力が抜けました・・・

もうしばらくはあまり深く考えない事にします。



~おわり~

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